【GORIFULL | 番外編】書きたい人は、ちゃんとことばを食べなさい。

最近、ちょっとハマっているマンガがありまして。 『ダンジョン飯』ってご存知ですか?
Netflixで最初に見つけたのは、娘でした。最初は「ダンジョン!」「魔物!」なんて言ってるので、遠巻きにしか見てなかったんですが、センシというおっちゃんの一言をきっかけにすっかりハマってしまい、Kindleを全巻まとめ買いしてしまいました。

ネタバレしすぎると面白くなくなっちゃうので、ほどほどにしたいと思いますが、ちょっとだけ書かせていただくと、この話はダンジョンに住む龍に妹を食べられてしまった主人公(ライオス)たちが、妹を救い出すためにダンジョンの最奥を目指すという話です。

普通なら龍に食べられてしまった妹を救うなんて無理じゃね?って思いますよね。でも、このダンジョンには特別な魔法がかかっていて、ダンジョンの中に限っては条件が揃っていれば、生き返ることができます。で、ライオスたちは、ダンジョンに出没する魔物を食べながら最奥へと進んでいくのです。

とにかく、センシのつくる飯がめちゃくちゃ美味そうなので、食べるのが好きな方はそれだけでもNetflixで見てみてください。

娘が描いたベーコンエッグが旨そうで、CAPTAIN STAGのフライパンに乗せてみた。

この物語は「食べる」という行為が、物語の重要なカギを握っています。それは、ダンジョンにかけられた魔法にある原則があるからなのですが、これ以上言うとネタバレしすぎなので、そこは、グッとこらえておきましょう。

主人公のライオスたちは、食べること、そして眠ることを、とても大事にしながら進んでいきます。そして、彼らは食べること、眠ることを大事にしているから、大して強くもないのに、最奥に向かって進むことができるのです。

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ことばも、まず食べることが大事なんだ

ことばは、それ自体はだれでも使えるものです。
食材もそうですよね。大抵の食材は、誰でも手に入ります。でも、同じ食材を使っていても、料理する人や調理法によって味わいや風味が変わります。そして食べものは、消化されるとその人の細胞、血肉やエネルギーに変わっていきます。

ことばもその人の血肉になってはじめてそのことばは、その人のことばになります。
では「じぶんの血肉になることば」って、なんでしょう?

一番手近で、無料でもできるのは、「本を読むこと」です。
いまは、読書は苦手という人も多いかもしれません。でもいま、じぶんが握りしめていることばだけが、ことばをつくるのではありません。そりゃ世の中には不食と言われる人もいますけど、基本的に、わたしたちは生きるのに食べることが不可欠であり、ことばもほんとうは、まず、食べることがとても大切なのです。

本を読むこと、感受性を耕すこと

詩人の長田弘さんは、本は、感受性の学校なんだって言っています。本に紡がれたことばには、辞書的な意味とか定義を超えた、書き手の景色が映りこんでいて、本を読むことは、書き手と読み手の時間を超えた景色の対話であり、本をとおして著者と食卓を囲む、ことばをいただく(食べる)時間でもあるからです。

ひとつのことばにどんな景色を見るのか。どんな味を美味しいと思うのか。そのことばの感覚、感性を日頃からことばを食べる=読書を通じて育てておくことがどうしても必要です。ひとつひとつのことばの景色を体験しなおし、味わうことを繰り返して、自分のことばの感受性を耕す。それが、「本を読む」ということばの体験です。

わたしは時々入れ替えながら、十冊くらい傍に置いてるのですが、その中には、もう20年近いつきあいになる本もあれば、最近買った本もあります。もう絶版になっていて手に入らず、図書館で借りている本もあります。

じっくり読める日ばかりではないので、積読もたくさんあります。結局、読めずに返却されていく本もありますが、自分を巡っていく本というのは、何かしらの縁で巡り会えるものであり、本とのつきあい方は、それこそことばとのつきあい方、ひいては人生とのつきあい方と通じている気がします。

以前、本好きの友人が、書店で本を物色しているところは知人や家族に見られたくないと話していました。どんな本を選ぶのか、その本とどうつきあうのかに、その人自身がどうしたって現れてしまうからです。誰かのプライベートの本棚を見る機会はなかなかないものですが、わたしはその人の本棚見れば、その人がどんな人か、下手な占い師より当てられる気もします。もちろん、やったことはありませんが。

書きたい人は、まず空腹を満たしなさい

いままで私はここまではっきりと「読む」ということについて、書いたことがありませんでした。読むことは、どこか個人的な体験ですから、人に推したり、勧めるものではないとずっと思っていたからです。

でも、やはり本を読む体験なくして、書くことなんてできないと思うようになりました。それなりに歳を重ねたからなのかもわかりません。感受性は生まれつきだからとか、幼少期に決まると思っている方も多いかもしれませんが、決してそんなことはありません。むしろ、年齢を重ね、さまざまな経験をしてきたからこそ耕せることばの感受性もやはりあって、人生を通して磨けるものだと思います。

しのごの言わず、とにかく書け!っていう人も少なくない世の中ですし、本を読むなんて遠回りなことやってられない、と思う人も多いでしょう。こんな話はなかなか支持してもらえないかもしれません。わたしもある程度までは、まずは書くことを支持している人ですが、そうはいっても、入ってくることばが貧しいまま、ひたすら書き続けるなんて、しんどいに決まってます。お腹が減っちゃいます。そして、動けなくなります。

忙しい現代人の生活の中に本を読むことを取り入れるのはなかなか大変かもしれません。本を読むには、読み手が積極的に心を動かさなければならないからです。

わたしが時々会うのは、書きたいことは、山ほどあるはずなのに!書けない、という人たちです。これまで、いろんなアドバイスをしてきましたが、今なら、まず、本を読むことをおすすめします。必ず、ことばの空腹を満たせることばに出会えるはずです。

新しく本を買う必要はありません。今、もっている本で十分ですし、マンガでもいい。 最近のマンガは哲学的な要素もふんだんに盛り込まれていて、なかなか深いぃです。

美味しいと思える食事が、季節やその日の気分によって違うように、かつては大して美味しいと思えなかったような本が、まさに、今、自分にとって必要な本だったと、ものすごくおいしく感じられることもあります。もちろん、消化に時間がかかることもあります。でも、生涯を通じて、傍に置いておきたいと思える本やことばに出会えたなら、それは素晴らしいことです。

わたしたちは、ことばといういのちをいただくことなくして生きることはできません。書きたいのに、どうも書けない、という人はぜひ、「読む」という豊かな食卓を味わってみてください。

【編集後記】
こっちゃん画伯の描いたベーコンエッグをSUZURIのTシャツとエプロンに乗せたらエプロンを買わされました。1000円オフキャンペーンはTシャツだったのにっ!

TOMOKO

P.S. 今日の話につながる動画を、こちらのレターから近日配信予定です。よろしければご登録ください。

ことばが感覚する?!
ちょっぴり不思議なワンダーランドの入り口はこちら。

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この記事を書いてる人

TOMOKO|ことば研究家|「感覚することば」の案内人|
書く、読む、聴く、話す。ことばを通じて、あたらしい自分に出会う。人間の感覚は五感だけではありません。ことばが感覚になるのは人間だけです。
『ゴリフル』:ゴリラが教えてくれた「感覚することば」の世界(☜執筆中)

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