苦手意識って、どこからくるんでしょう。そもそも「苦手意識」というものは、「経験」から生まれるものであって、赤ん坊のときからあるものではありません。
大人になっていく過程で、他者から評価を受けたり、自分よりも上手だったり、すごそう(に見える)人たちと自分を比較して自分は至らない=苦手なんだ、と思い込んでしまう一種の自家中毒だったりもします。
というわけで、今日の記事は、「食えねえ」と思ってるその苦手意識、食ってみたらどうなるの?って話です。
苦手なコトは、ネギ・大葉・ミョウガと思いなさい
さて、わたくしは2026年に入ってから毎朝7分のゴリラドローイングをはじめました。すでに30頭を超えるゴリラが手帳に並んでおります。

ある日、素材となるゴリラ画像を探していたら、長ネギを食べてる写真をいくつか見かけたんですよね。
ゴリラは長ネギを生かじりするようです。

ネギとか大葉みたいな香草って、子どものころは「不味い!」としか感じられなかったのに、大人になると「美味しい!」に変わったりしますよね。
娘のYouTube調べによると、食べられなかった香菜が食べられるのは、

舌がバカになるからだよ!
という一説もあるんだとか。
「苦手意識」なんていうのは、バカになっていくうちに、いつのまにか美味しく食べられるようになってしまうものなのかもしれません。
じゃあ、どうしたらバカになれるのでしょうか。
苦手を美味しく食べられるバカになるコツ
苦手というのは、その文字が伝えるように、ちょっぴり「苦い(にがい)」ものだったりします。じゃあ、その苦味の正体って何でしょう?
何かしらの期待値、理想と比較をして、「差」を感じた時に、人は、苦い=苦手と感じます。
ということはですよ、期待値(目的地)が違ったらどうでしょう?
上手い絵を描くことを「期待値」に設定した場合、小学生以来、まともに絵を描いてこなかったような人がヘタレなのは当たり前です。描き続けてきた人とは「差」が生じるのは当たり前なので、「やっぱり自分は絵が苦手なんだ」という評価がくだります。
私も、絵を描くのはずっと「苦手」だと思ってました。それは、上手い絵を描く人と自分を比較していたからです。今でも上手い絵なんて描けません。
でも、今、私が絵を描く目的(期待値)は、上手い絵を描くことではないんですよね。
毎朝7分のドローイングの期待値は、左脳を黙らせて整うこと、大好きなゴリラで手帳を埋め尽くすこと。この2つが叶えば、ああ、今日もいい7分、いいゴリラが描けたなってご満悦です。
期待値が変割ったとたん、あら不思議。苦味は旨味に変わってしまうのです。
ゴリラドローイングにおける、長ネギから小ネギの変化点
ゴリラドローイングも、30頭目を描いたあたりから、ただゴリラの絵を描くだけじゃなくて、ゴリラが一言もの申す方が面白そうだなって思ったんですよね。
でも、自分のヘタレな直筆の文字を公開するのは、かなり苦手意識というか、抵抗がありました。
でも、今はAIがいくらでもきれいな画像、きれいな言葉を量産しやがるじゃないですか。
だったら、ヘタレな直筆をそのまま載せたる!くらいの方が、時代に逆行していて面白いって思ったんですよね。
つまりこれも、整った美文字じゃなくて、時代に逆行したヘタレ文字に期待値に変換したことで、
ヘタレな文字の暴露は
小ネギレベル
に思えてくるから不思議です。


苦手のモヤモヤを上回る、ワクワクする期待値がみつかれば、長ネギは、小ネギになり、苦味すらも旨味に変わる。
人間の感覚なんて、そのくらいいい加減なものなのとも言えます。
かつてあなたに苦手意識を植え付けたきっかけは、ひょっとしたら親や先生だったりしたかもしれません。でも、その苦手意識を固定し続けているのは、ほかでもない自分自身なのです。
余談ですが、先日お会いした方が、「パクチーが食べられるか、食べられないかは遺伝子で決まる」なんてことをおっしゃってました。遺伝子レベルでダメだったら、仕方ないじゃないですか。それは、さすがに諦めましょう。あなたにできることは、ほかにもたくさんあります。
どうしたら長ネギが小ネギになるワクワクを見つけられますか?
多分なんですけど、私はそういう「期待値の変換点(ワクワク)」を見つけるのが得意です。言い方を変えると、バカになるのも得意ってことなのですが、なんでかなんてわかりません。間違いなく言えるのは、子どもの頃からずっとバカってことくらいです。
なので、相手のウッホッホ(変換点)を嗅ぎつける「嗅覚」には、まあまあ自信があります。話したり、文章を見たりすれば、なんとなくわかる。私は鼻がいいのです。ウッホッホ。
なので、7分ドローイングもなんの苦もなく1ヶ月続いてますし、多分ですけど2026年末には
WHITE GORILLA365日ゴリラで埋め尽くしたったで。
ウッホッホ
って言ってる自信があります。
でも、それじゃあ困るのよ!なんか教えなさいよ!という人もいると思うので、万人に通ずる「ウッホッホの見つけ方」のヒントをひとつだけお伝えしましょう。
それは、「白ごはんのお供を探せ!」ですね。
ずっと同じことを黙々と続けられる人もいますけど、日本人が、毎日食べて飽きないのは白飯くらいでしょうか。でも白飯だって、たまにはちょっと違う味で食べたくなりませんか。チャーハンだって美味いし、雑炊もいい。
人は絶対に飽きる生き物です。前はあんなに美味しかったのに・・・なんてブーたれてないで、昨日より今日、今日より明日の方が美味しく食べられる、ちょっとしたごはんのお供を見つける、食べ方をアレンジしてみる。納豆が好きな人もいれば、嫌いな人もいるように、自分にぴったりな白ごはんのお供を見つけましょう。それが、あなたのウッホッホ=期待値の変換点のヒントです。
本当はやってみたいんだけどな〜という本音に正直になってみる
ほんとうはやってみたいんだけど!(苦手なんだよな〜!)
みたいなものは、食わず嫌いの可能性が十分にあります。
難しいのは、「ほんとうは、やってみたいんだけど」この正直な気持ちに気づけるかどうか。
人生のどこかで、苦手意識が芽生えてしまったものって、無意識に遠ざてることが多いからです。おまけに、何かしら傷ついた記憶なんかとセットになっていたりすると、自分とは関係ないものとして、スルーしてたりする。
私の場合は、絵を描くっていうのも、心のどこかに憧れはあれど、どこか自分のことにできずにいました。ただ、娘があまりにも絵と無縁でいられない子だったので、一緒につきあっていくうちに自分の苦手意識と強制的に和解していったようなところもありますね。
苦手意識と和解できると楽しいですよ。
苦いものが美味しいと感じられる、それだけで食卓が豊かになるように、人生が豊かになります。
最後にほんっとうに、どうでもいい余談を話しましょう。
うちの旦那さんは、明太子をハタチまで食べたことがなかったそうです。はじめて食べたときに
Usotsuki-manこんな美味いものを!
どうして今まで食べなかったんだっ!!
とちょっぴり後悔したそうです。
まぁ、彼はそのときハタチでしたから、いくらでも挽回できているのですが、ひょっとしたら、あなたの「食わず嫌いな、やってみたい」の中には、こんな美味いものがあったのか!が潜んでいるかもしれません。
あとあと後悔しないように、ちょっぴり食べてみると、思いがけず「新しい自分の道」を発見するきっかけになっちゃったりするかもしれません。
ぜひ、あなたの「食わず嫌いな、やってみたい」も、ネギや明太子なんだと思ってお試しあれ!!
【編集後記】
長ネギの彼もいろんなメガネを試着して、案外イケるとおもったみたいですよ。
そういえば、ウッホッホなんて言ってるゴリラはお見かけしたことがありません。
見つけたらぜひ、私にお知らせください。




TOMOKO
