【MAGIC OF ART #7】自分を貫くまっすぐな線を探せ〜本当に必要なテクニックだけを見つける方法〜

上野動物園で絶対見るべき動物は

tomokobito

ゴリラだよ!

そうオススメするくらい、ゴリラは魅力的な動物だ。表情豊かで、個性がむき出しで、丸ごと全身から生きるエネルギーが溢れ出している。
力強くて、優しい。いや、力強いからこそ、優しい。

さて、そんな魅力的なゴリラを描くプロセスから、自分にほんとうに必要なテクニックだけを「発見」する方法についてお伝えしていこう。

目次

自分を貫くまっすぐな線を探せ

ゴリラを描こう!」と、最初に取り出したのは、パステルだった。

F2 パステル

鼻をほじっている姿を描けてそれなりに満足したものの、

tomokobito

こういうのを描きたいんじゃない

次に取り出したのは、2Bの鉛筆。
物憂げな表情を描けてそれなりに満足したが、やはり、私が描きたいのはこれとも違う。

F2 鉛筆
tomokobito

やっぱり、マッキーじゃね?

そう思い直し、マッキーで「逆さ描き」で描いたのがこのゴリラだ。

F4スケッチブック、マッキー

ただ、私が描き出したいゴリラの魅力は、少なくとも2つある。

1)力強い生命感
2)力強さの中に宿るやさしさ

1)はマッキーだけでも表現できそうだが、2)は「マッキー+α」が必要だと感じた。

そこで、モンタくんは、マッキーに加えて、ピグマ、面相筆をもちいて、その幸せそうな寝顔を描いた。

千葉市動物公園のモンタくん

さらに、年明けからは、毎朝7分の万年筆ドローイングをはじめている。

手帳の角からゴリラが覗く。

そんな奇妙な「ゴリラ手帳」が出来上がることにワクワクする自分がいたからだ。

GORILLA SAW IT! |ゴリラは見た!

毎朝7分の逆さ描きは、左脳を沈静化させてくれる。何より、描きたいゴリラを描いているから、幸せな気持ちで満たされて1日がはじまる。この効果は思っていた以上に大きい。その話はまた別記事で詳しく書こう。

自分にほんとうに必要なテクニックだけを「発見」する方法

大人が何かを表現しようとするとき、技法や理論から学ぶ人はとても多い。でも、せっかく時間もお金も投じて理論や方法を学んだのに、書けない、描けない、楽しくないと壁にぶつかってしまう人もいる。

一方、私はというと、ほとんど書き方、描き方を学んだことがない。
シンプルに言えば

書きたいことから書く。
描きたいものから描く

これだけを続けてきた。とにかく、書いてみる、描いてみるのが先で、どうやるかの方法はあとからついてくる。つまり、スタンダードな進み方の真逆=感性→表現→技術(最小限)の順番で進んできたのである。

実は、この方法はとっても「効率的」なのだ。習得する技術は最小限で済み、時間も短縮できる

何もかも学び、習得して、磨き上げるには、私たちの一生は短すぎる。おまけに、自分にあわない技法や理論で、自分の感性まで錆びつかせいるヒマはない。

もっと大事なことを言うと、本気で、自分の表現したいものを表現しようと思ったら、思っているより時間がかかるのだ。こればっかりは、やってみた人にしかわからない話なのだが、自力でKindle出版に挑戦している私のクライアントさんは、短い人でも半年くらいはかかっている。「作品」として仕立てていこうと思ったら、そのくらいはかかる。

ただし、何にいちばん時間がかかるのかとうと、執筆作業ではない

本当に伝えたいだけことを濾過する

この作業がもっとも大切で、もっとも時間がかかるのだ。

表現したいことを、濾過しなさい

私もそうなのだが、自分が本当に表現したいものが最初からクリアに、濁りなくわかっている人なんて稀である。他人のことはもちろんわからないので、断言はできないが、そんな人は純粋無垢な子どもをのぞいて「いない」と言ってもいいかもしれない。わたしたちは、大して重要ではないこと、別に自分が表現しなくてもいいようなことに、塗れているものである。

私だって、最初からゴリラが描きたい、なんて、わかっていたわけではない。とりあえず片っ端から、描きたいと思ったものを描いてきた。それは、阿部寛だったり、陸上選手だったり、こむぎだったり、娘だったりした。

「ゴリラだ!」と思ってからも、あれやこれやと試行錯誤を重ねてきた。ゴリラを描くようになったのは、この2ヶ月弱だが、マッキーを握ってから、およそ半年経過している。

自分が表現したいことの中心に辿り着くまでは、実験と観察、試行錯誤の連続だ。
「これが本命だ!」と思っても、まだまだ変わる可能性は十分にある。むしろ、変わっていい。表現は生きもの、ナマモノなのだから、変わる方がむしろ自然だ。

どうしたら、自分の本命を知ることができるのか。

片っ端から、表現してみたいことを表現してみるしかない。

がっかりしたかもしれないが、本当にこれしかないのだ。裏技や必殺技なんてない。だから、今すぐはじめたほうがいい。最初からアタリがでるなんてことはまずないし、アタリがでるまでには、誰でも少し時間が必要だからだ。

これは実験なんだと思って、とにかくはじめるっきゃない。

はじめるにあたって、最初からやたらとハードルを上げる人がいるが、「これは実験なんだ」そう思ってやってみると、気楽に取り組めるだろう。私もそうだが、残念ながら、誰でも最初はナマクラであり、凡人である。

大切なのは、とにかく「実験」してみること、できあがったものを「観察」することだ。SNSに毎日投稿するより、出来上がったものが好きか、嫌いか、それはなぜか。自分の「美的感性」に照らして観察することの方が大切である。見る力を養い、手を動かすことを繰り返すことで、次はどうしたいかが自分の内から湧いてくる。あるいは、外から何かしらのきっかけや、変化のチャンスをキャッチできたりするものだ。

やがて、自分の好きと得意の真実をあぶりだし、ひとまずこれではないか、という光り輝く「何か」がみつかったら、それに特化して、集中的に続けてみる。その「何か」の専門家です、オタクです、そう言えるくらい続ければ、なんとなくでも自信がついてくる。ひょっとしたら、その技で、人から頼られることもあるかもしれない。

その「何か」を見抜くまでは、誰でも試行錯誤の連続である。一体、私は何やってるのかと、悶々とする日もあるかもしれない。そんなときは、信頼できる人に客観的にみてもらうのもいいだろう。自分のことは自分では見えないものだ。自分ではダメだ・・・と思っていても、他人から見たらそんなことは全然ない、なんてこともよくある。

誰かにみてもらうときは、何かしら、表現したものを携えて行くことをおすすめする。「手ぶらで構わない」と言う人も多いが、ひとつ持参するのとしないのとでは、話の密度と客観性がまったく変わってくる。作品に自信がなくても全然構わない。筆が止まっているなら、そこまでの記事を持参すればいい。書いた文章や作品を見れば、その道の専門家は、一発でわかる。自分の思い込みで悩みを話すより、記事を一本見る方が早く、正確に掴めるものだ。

さて、あなたは、何を表現したいのだろう。
文章でも、絵でも、ものづくりでもなんでもいいのだが、表現することの魅力は、人に伝わるかどうか以前に、その軌跡がちゃんと自分の手元や記憶として残ることだ。今日も、昨日も、半年前からずっとやってきた。その道のりは、決して自分を裏切ることはない。ちゃんと作品として残っている。たまに見返してみると、自分の成長の軌跡も垣間見える。

まずは、表現「してみたい」と思えることからはじめてみよう。やってみて、違ったと思ったら、変えればいい。ひとつ、またひとつと表現したいことの中心へと近づいていく。それは、決して一足飛びに進めるものではないが、表現しようと思ったその日から、なんてことない日常の「見え方」が変わってくる。

彩り豊かな毎日が送れることほど、幸せなことはない。それが表現することのいちばんの醍醐味であり、喜びではないだろうか。

TOMOKO

【編集後記】
ゴリラが人間に聞こえるような声を発することはほとんどない。かといって、身体だけでコミュニケーションを交わしているのともちょっと違う気がする。それぞれが「気」のようなものをまとっていて、空間全体に「気」が充溢し、流れ、動いている。

言葉はなくとも「感じる世界」が満ち満ちている。そこには人間の忘れてしまった大切な何かがそこにある気がしてならない。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いてる人

TOMOKO|感性思考プロデューサー/アーティスト/ライター
言葉、感性思考、アートを通じて、「わたし」という創造の中心に還る。

目次