ゴリ姉に言わせといてアレですけど、かつての私は「肚落ちする」とか「腑に落ちる」という言葉が苦手、というかよくわかりませんでした。

この言葉を聞くたびにちょっとイラッとしていたくらい、頭でっかちな人間で、自分の感覚、感情、本音とつながる、外界に晒すのは、自分の内臓をひっくり返して表に出す=死を覚悟するのと同じ、くらいの感覚だった気がします。
そんな私が、片っ端から描いたゴリラを暴露しているというのは、10年前の私が知ったら腰を抜かして驚くかもしれません。
植物は肚を晒して生きている
デイビット・モントゴメリーの『土と内臓』という、なかなかキョーレツなタイトルの本がございまして。そこに「植物の根っこは、人間の腸をひっくり返したようなもの」という話が出てきます。
植物が根(根毛)で微生物や栄養を取り込む仕組みと、人間の腸(柔毛)で栄養と微生物(腸内細菌)を取り込む仕組みが非常に似ている、という話なのですが、植物は自分の内臓=肚を、外側に晒さなければ、生きていけません。

どれほどの覚悟で、いや、植物に「覚悟」という概念はないのかもしれませんが、それが生きるために不可欠、当たり前なんですよね。
一方の人間はというと、小腸の柔毛も、肚を晒さなくても「生きる」ことはできてしまいます。でも、生きることができてしまうがために、心身の健康にとって大切な、微生物たち、外界との関わり合いや協業が、どこか希薄になってしまうこともあるのかもしれません。
「肚オチ」には段階と時差があるのじゃ
たとえば絵を描くということも、最初からゴリラにたどり着いたわけではありません。 最初のきっかけは昨年の夏にこっちゃんとお絵描きのワークショップに参加して、マッキーで描く楽しさ、ドローイングの魅力に、半ばとり憑かれるようにして、黙々と描きはじめました。
でも、ゴリラはマッキーで描ける気がしなかった。
せっかく久しぶりに動物園に行って「ゴリラを描きたい!」そう思ったのに、マッキーでは描けそうにない。そんな壁にぶつかった矢先、「逆さま描き(Upside-Down Drawing )」という方法に出会った。

これならゴリラも描けそう!
その可能性を信じるがまま、マッキー、ピグマペン、面相筆と次々な道具を試していきました。しかしながら、正月に面相筆で描き上げたモンタ君でヘロヘロに・・・。

描きたいけど、描けない・・・
一時停止状態になったタイミングで、ず〜っと作品をつくりつづけているあるお二人の先輩からアドバイスを受けました。
・朝起きたらとりあえずテーブルの上に紙とペン
・歯磨きと一緒
とかなんとか言われたのであります。
あったりまえですけど、そんな話が最初から「腑に落ちる」はずがありません。
自分の肚に聞いたところで、
SIRIよくわからないけど、やってみれば?
という回答しか返ってきません。
なんて冷たいのでしょうか。
肚落ちなんて後回し。でも、ゴリフルはこれからも続いていく。
ゴリフル=万年筆ドローイングは、7min-flip-one-take(7分、逆さま、一発描き)という3つのマジックをかけて描いています。というのも、このマジックにかかると、不思議と左脳のおしゃべりが止み、肚から手が出て描くような感覚で描けるからです。
3分だと短い。
15分だと毎日続けるハードルが上がる。
7分ならスキマ時間で描けて、満足度が高くなります。
思考を手放すのにもちょうど良い時間です。
逆さまで描く技法は、対象となるモチーフを逆さまにして描く技法です。
ひたすら線や形を追うことで、左脳の理解や固定観念に左右されずに描くことができます。
あえて、消しゴムで消したり描き直しのできないペンで描くことで、集中して描くことができ、左脳のノイズを減らす効果があります。
最近は、まずはの7分が、3回繰り返してもまだおわらねぇ・・・なんてことも、あるのですが、それはそれで、「肚とつながる贅沢な時間」なんじゃないかと思っている今日このごろ。
というわけで、今日のゴリフルはいかがでしたでしょうか。
「肚に落ちない話」だったとしても、とりあえずやってみることで見えてくる世界があるかもしれませんよ。
それではまたお会いしましょう。
TOMOKO
